上州赤城山の麓

 萩原朔太郎は明治十九年十一月一日*[#「*」は行右小書き]、上州赤城山の麓、利根川のほとりの小さき都會である前橋市に生れた。[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]* 彼はいつも自ら明治二十一年生れと記してゐたが、それは誤つてゐたのである。しかし、十一月一日に生れた長子であつたので、朔太郎[...

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その花の咲く頃

 萩の花については、私は二三の小さな思ひ出しか持つてゐない。そのいづれもがみな輕井澤で出遇つたことばかりである。その花の咲く頃、私は大抵この村にゐるからであらう。

          ※[#アステリズム、1-12-94]

 いつの夏の末だつたか、鶴屋旅館の離れで、芥川さんと室生さんが、同宿の或る...

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庭の奥に

「伝兵衛、あれを見ろ」 伝兵衛が覗いてみると、葎《むぐら》や真菰《まこも》などが、わらわらに枯れ残った、荒れはてた広い庭の真中に、路考髷を結い、路考茶の着物に路考結び。前髪に源内櫛を挿した等身大の案山子《かかし》が、生きた人間のようにすんなりと立っている。 庭の奥に、社殿造の、閉め込んだ構えの朽...

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