少年雜誌

 小學校にはひつてから、彼は少年雜誌「小國民*[#「*」は行右小書き]」を毎號愛讀するやうになつた。それは當時(明治二十年代)の時代の思想を反映して、銅版畫などの插繪の豐富に入つた、すこぶる文明開化趣味の横溢した少年雜誌であつて、それが祖父の影響と相俟つて、後年の彼の特異なる趣味を培《つちか》つたも...

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上州赤城山の麓

 萩原朔太郎は明治十九年十一月一日*[#「*」は行右小書き]、上州赤城山の麓、利根川のほとりの小さき都會である前橋市に生れた。[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]* 彼はいつも自ら明治二十一年生れと記してゐたが、それは誤つてゐたのである。しかし、十一月一日に生れた長子であつたので、朔太郎[...

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その花の咲く頃

 萩の花については、私は二三の小さな思ひ出しか持つてゐない。そのいづれもがみな輕井澤で出遇つたことばかりである。その花の咲く頃、私は大抵この村にゐるからであらう。

          ※[#アステリズム、1-12-94]

 いつの夏の末だつたか、鶴屋旅館の離れで、芥川さんと室生さんが、同宿の或る...

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