諄《くど》い男だ

「いや、諄《くど》い男だ。……こないだ路考が言葉尻を濁したが、わしの察するところでは、年に一度、十年がけの手紙というのを欝陶《うっとう》しがって、無情《すげ》ないことを言ってやったものと見える。その辺の消息は、一瓢《いっぴょう》がうすうす知っていて、帰りがけにわしにそんな風なことを囁いた。……つまり、この辺が落《おち》なのさ。年に一度の便りに深い思いを晴らしておるのに、それだけのことにまですげないことを言われたとなると、どっちみちおさまりかねる気持になる。いわんや、あのような濃情無比なお姫さまだからただではすまさない。路考が十年前に逢った時、二十八、九といえば、今はもう四十がらみ。自分の頽勢《たいせい》にひきかえて路考の方はいまだに万年若衆。江戸中の女子供の憧憬《あこがれ》を一身にあつめているというのだからいかにも口惜《くや》しい。路考を贔屓にする若い女はみな自分の仇だというような気になって理窟に合わぬ妬心《ねたみごころ》から、こんなことを始めたものと思われる。……それにしても、古い路考の色文を、うまい工合に使い廻して有頂天にさせて戸外《そと》へ引出し、鷲を使って殺《いた》めつけようなんてのは、あまりといえば凄い思いつき。名前の殺手姫というのはいかにも心柄に相応《ふさわ》しい。……今度ばかりは、わしも少々|辟易《へきえき》した」 といって、日差を眺め、「おお、もう四ツか。こりゃ歩いてたんじゃ間に合わない。駕籠《かご》だ、駕籠だ」 多町《たちょう》の辻から駕籠に乗り、六阿弥陀《ろくあみだ》の通りを北へ一町、杉の生垣を廻した萩寺の前へ出た。 地境《じざかい》の端から草地になり、その向うに、おどろおどろしいばかりに壊《つい》え崩れた土塀を廻した古屋敷。 塀の中から立ち上った大きな欅の樹に、二つ三つ赤い実をつけた烏瓜《からすうり》が繞《から》み上って、風に吹かれて揺れている。 駕籠は萩寺の前で返し、草地を歩いて門の前。 門というのは形ばかり。土壊《つちくい》で土地が沈み、太い門柱が門扉《とびら》をつけたままごろんと寝転《ねころが》っている。小瓦の上には、苔《こけ》が蒼々《あおあお》。夏は飛蝗《ばった》や蜻蛉《とんぼ》の棲家《すみか》になろう、その苔の上に落葉が落ち積んで、どす黒く腐っている。 さて、門の前まで来は来たものの、あまり凄じいようすで、門扉《とびら》を押す気さえしない。 源内先生も、すこしゾクッとした顔で、恐るおそる喰い合せの悪い門扉の隙間から、内部《なか》を覗いていたが、とつぜん、「おッ!」 と、つン抜けるような叫びを上げた。

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